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核家族化が進展は、最後の砦としての特別養護老人ホームが頼み

「医療・介護が必要になっても自宅で生活したい、住み慣れた地域で生涯暮らしたい」
 私自身もそう願います。
 しかし、願いとは逆に年々施設志向が高まっています。
 昔は、大家族でした。50年程前に認知が進んだ祖父の介護を、母が弱音を吐きながらもほぼ独りで、亡くなるまでの数年間、頑張っていた思い出があります。
 昔は、介護も嫁の役目、がまんを当たり前に強いていた時代でした。今は、違います。
 親を見ないのが当たり前の習慣となり、結婚を機に世帯を別にしていきます。
 親が子供に気を遣い、本音を言えない関係が日常化しているように思えます。
 韓国でも日本と同様に、親の介護を放棄したり、表に出る虐待の件数も増え、少子高齢化も同じ傾向にあり、日本以上に深刻化しています。
 核家族化は、「絆」が希薄化し共働き家族が出す結論は「在宅介護」ではなく「施設入所」の選択でありドライな発想です。
 先日、テレビ番組で「墓友」を希望する人が増えてきているという内容でした。
 人生の最期を迎えた時、葬式や死後について子供たちに負担をかけたくないという考え方。
 「墓の管理、墓参りしてもらえるか分からない」、「身寄りがない…」等。
 死んでも寂しくないようにしたいとの思いが「墓友」を選択させるのでしょう。
 私は、同居の両親を10年以上前に見送りました。私たちの年代は親を看るのが、当たり前と思っています。
 私の子供たちも介護の仕事に就いていますが、介護してもらおうと思っていません。
 自らの意思を今のうちに伝えておこうと思っています。
 準備です。「エンディングノート」を書き始めました。
 最近、葬儀場で「故人の遺志で香典は頂戴致しません」と、香典を受け取らず、焼香後に、簡単な品のお返しをされる方が増えつつあるように思います。
 故人との付き合いは葬儀までとし、残された遺族は後々、故人の付き合いに縛られることのないようにとの気配りと読み取れます。
 私もそのようにしたいと思います。
 地縁・血縁関係を嫌う人たちが増えてきており、殺伐とした気持ちになることが多くなりました。
 「おせっかい」でもこちらから発信し続けたいですし、「感謝する心」は、自ら実践する中で共感を得たいと願う日々です。



投稿者 keiroen : 2012年05月08日 17:27

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